サッカーとの出会い?小学校3年生のときに、なんとなく始めたサッカー。 父親は野球が大好きで、私も野球をやるつもりでいたのですが、リトルリーグのチームには4年生からしか入れず、それまでの体力づくりの軽い気持ちでサッカーを始めました。 軽い気持ちで始めたサッカーですが、これが面白いのなんのって! ボールの蹴り方なんかは、先輩の見よう見まね。 2年年上の先輩達がものすごく強く、県大会で優勝しちゃったのです。 その当時のキャプテンは、その後Jリーガーになり、サッカー強豪高校の監督をされていました。 初めてのプロ選手の卵との出会いでした。 4年生までは、楽しいサッカーだったのですが、先輩達が県大会で優勝しちゃったお陰で、5年生になったら練習が滅茶苦茶厳しくなりました。(涙)? 休みは、正月の2日と3日。お盆の3日間。そして雨の日だけ。 練習は夜遅くまで続くのですが、ナイター設備なんてありません。お父さん達が車を乗りつけ、ヘッドライトの明かりの中、夜遅くまで練習してました。 GKの友人は、泣きながら帰ったこともありました。 そんなキツイ練習の成果で、地元の大会では常に優勝を争うようになり、選抜チームのレギュラーにもなりましたが、県大会では中央大会に進出する一歩手前で敗れてしまいました。 ケガに泣いた中学時代??中学時代は、サッカーを全く知らない先生が顧問でした。 練習は毎日のようにあるのですが、自分達で考えた練習ばかりだったと記憶しています。 中2の秋。 オーバーヘッドを失敗し、手首の骨、2本をぽっきり骨折しちゃいました。(涙) これから選抜チームの選考会が始まるという大切な時期だったのです。 もちろん、選抜チームに入れるはずもなく、他の中学の友人達が県選抜に選ばれたことを知り、本当に悔しい想いをしました。 地区大会では、常に優勝を争えるポジションにいて、最後の大会では県大会(ベスト16だったかな?)にも出場しました。 3年最後の夏に、選抜チームの県大会があったのですが、選抜チームに合流し、レギュラーをゲット。 決勝まで進みましたが、残念ながら敗れてしまい、準優勝という結果に終わりました。 その大会では、優秀選手にも選ばれて、中学校生活最後の大会を飾ることができました。 その後、地元の県立高校に進む予定を、何を勘違いしたのか、サッカー強豪校に行くと言い出してしましました。 未だにわからない高校時代?部員総勢、200名以上。 しかも狭いグランド。 わけのわからない「ルール」がたくさんあり、練習が終わっても水が飲めない1年生。 練習中、ボールを足で触ることが許されない1年生。 ?そんなルールを破ると、先輩からの「セッキョウ」が…(涙) 入ってすぐに後悔しました。 他の強豪校に行った友人に話しをしたら、「お前のところは、体罰がないだけましだよ」って言われましたが…。 当時、2年先輩には、その後Jリーガーとなり、日本代表フォワードとして活躍をされた有名な選手がいました。 2人目のプロ選手の卵との出会いでした。 1年生4人が、いわゆるトップチームに加入していましたが、何を勘違いされたのか、私もその一員に。 2人はレギュラーでしたが、私ともう一人はサブ。 完璧にユニホーム持ちでしたが、試合に出たことも数回ありました。 それでも、セッキョウはきつかったです。 わけのわからないルールなんて、未だに理解できません。 特に、トップチームに参加している4人は、目の敵にされていた気がします。 もちろん優しい先輩もいて、助かったのですが、足でボールを触れることを許されないチームなんて、絶対に強くなるはずないという思いが、大きくなってきました。 結局のところ、高校総体、選手権はともに出場することができませんでした。 で、そのままドロップアウト。 無事高校は卒業し、社会人へ?その後サッカーとは無縁の生活を送っていましたが、飲み屋で知り合った友達とサッカーチームを作ることに。 1992年、社会人チームとして、サッカー復活。 最初は遊びのつもりも、いつの間にか本気モードへ突入。 徐々にメンバーを入れ替え、念願の市リーグ一部昇格と同時に一部初優勝! 全く練習しないチームが、毎週のように練習しているチームを負かすことに執念を燃やし、意地になって練習はしませんでした。 恐らく、高校時代に性格が曲がってしまったのでしょう。(苦笑) そして翌年は4位、翌々年には再度優勝。 この時点で、若手にチームを任せ、少年サッカーの指導者の道へ。 少年サッカーのコーチへコーチになったばかりの年は、子供達に恵まれていて、たいした指導もせずに地元協会主催の大会は、年間通して負けなしで、全て優勝しました。? しかし、県レベルの大会ともなると、勝てない。 何故なのかを見つけるために、悩みました。 サッカーという競技を通じて、サッカーだけを伝えればよいのか? サッカーという競技は、もっと大事なものを伝えられるのではないか? 悩みながらコーチングクオリティという考え方にたどり着きました。 約10年間にわたり、地元少年団のU-12を指導しましたが、トレセン部会立ち上げを行った後、U-7の指導へ転身。 U-12はトレセンで指導しています。 ということで現在は…いつのまにやら42歳も終えようとしています(苦笑) 最近では、Twetter やFacebookでのつぶやきが多くなっていて、ブログの更新も滞りがちですが、どうぞよろしくお願いします。
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